わたしもミニマリストを目指したことがありました。
物を減らして、必要なものだけに囲まれて暮らす。物が少なければ掃除もしやすく、部屋もスッキリする。そんな暮らしに憧れて、少しずつ家の中の物を減らしていました。
でも、家族と暮らすようになると、思ったようにはいきません。
自分にとっては不要に思える物でも、家族にとっては必要だったり、子どもの成長とともに本やおもちゃが増えたりします。
そこで私は、家全体をミニマリストにすることを諦めました。
ただ、物を減らすこと自体を諦めたわけではありません。
今は、「減らせる物は減らす。でも必要な物まで無理に減らさない」という、シンプリストに近い暮らしをしています。
自分専用の部屋がない我が家で、専用デスクや階段の小さなマイ・スペースを作ったり、家族で使うゲームはリビングに集めたり、ギターやウクレレを壁に吊るしたり。
今回は、家族と暮らす中で私がどこまでミニマリストを目指して、どこから諦めたのか。そして、その代わりにどんな工夫をしているのかを紹介します。
- 結論 家族と暮らすと自分の理想通りにはいかない
- 家族の物まで減らすのは危険
- 自分の部屋はないので「マイ・スペース」を作った
- 家族みんなで使う物はリビングに集約
- 趣味の楽器は「捨てる」のではなく壁に吊るす
- 家族と暮らすことでやめたことと代わりにやってること
- 物を減らすだけがシンプルな暮らしではない
結論 家族と暮らすと自分の理想通りにはいかない
一人暮らしなら、自分の判断だけで物を減らせます。「これは使っていないから捨てよう」と思えば、自分の判断で処分できます。
ところが家族と暮らしていると、そうはいきません。
自分にとって不要な物でも、家族にとっては必要な物かもしれないからです。
特に子どもがいると、本やおもちゃ、学校で使う物などは自然と増えていきます。
「これ、もう使ってないんじゃない?」と思っても、本人にとっては大切な物だったりする。そこまで自分のミニマリズムを押し付けてしまうと、ただの価値観の押し付けになってしまいます。
そのため、家族と暮らすようになってからは、「完璧なミニマリストを目指す」という考え方をやめました。
家族の物まで減らすのは危険
家族の物については基本的に本人の判断を尊重しています。
自分から見れば「これはもういらないんじゃないか」と思う物があったとしても、勝手に処分することはしません。これが最初はなかなかできなかった考え方でした。
以前は、「物が少ないほうが暮らしやすい」ということを優先していました。
しかし、家族にとっては必ずしもそうではありません。物を減らすことで自分は快適になっても、家族が不快になってしまえば意味がない。
そこで、家族の物を減らすから、自分が管理できる物や場所を整えるという方向に考え方を変えました。これが、私にとってミニマリストからシンプリストへ変わっていった大きな理由です。
自分の部屋はないので「マイ・スペース」を作った

我が家には、私専用の部屋はありません。なので、「自分の部屋をミニマルにする」という方法は使えません。
そこで、自分専用のスペースを小さく作ることにしました。一つは専用のデスクです。
ブログを書いたりゲームをしたりする場所なので、ここだけは自分が好きな物を置いていい場所にしています。ただし、デスクの上に物を増やしすぎないようには注意してます。
もう一つは、階段の隅に作った小さなスペース。いわば自分だけの秘密基地です。

どちらも大きな部屋があるわけではありません。ほんの小さなスペースですが、自分の物を置いたり、ちょっとした趣味の物を置いたりできる場所があるだけでも、意外と満足できます。
むしろ今では、「自分専用の部屋が欲しい」とまでは思わなくなりました。
限られたスペースの中で、自分が快適に過ごせる場所があれば十分だと感じています。
詳しく階段隅につくったスペースについてはこちらの記事を御覧ください。
家族みんなで使う物はリビングに集約

逆に、家族みんなで使う物はリビングに集めています。例えばゲームやDVDなどです。
ゲームもそうですが、映画なども家族で一緒にみたり、遊ぶこともあります。そのため、自分のスペースに無理やり押し込むのではなく、みんなが使いやすいリビングに置くようにしています。
これは「自分の物は自分のスペースに置く」という考え方とは少し違います。
家族で使う物なら、家族が使いやすい場所に置いたほうが合理的です。
結果的に、自分のデスクやマイ・スペースが物で埋まってしまうことも防げます。


家族と暮らしていても、できる範囲ではシンプルに
家全体をミニマリストにすることは諦めましたが、だからといって物を好き放題増やしているわけではありません。
家族が使う場所では、家族にとって必要な物を置きつつ、自分が管理できる範囲では物を増やさず、できるだけスッキリさせるようにしています。
例えば、こちらの部屋も家族で使う部屋ですが、必要な物だけを置いて、できるだけ床に物を置かないようにしています。


ミニマリストのように「物を極限まで減らす」のではなく、今ある物を使いやすく、邪魔にならないようにするくらいが、今の我が家にはちょうどいいと感じています。
趣味の楽器は「捨てる」のではなく壁に吊るす
ミニマリストを目指すと、趣味の物も減らしたくなることがあります。
私の場合はギターやウクレレなどです。楽器は床に置いておくと場所を取ります。
だからといって、趣味そのものをやめるつもりもありません。
そこで、ギターやウクレレは壁に吊るして収納しています。


しかも楽器の場合は、壁に吊るしておくと収納というよりインテリアにも見えます。
ここでも、「物を減らす」のではなく「物が邪魔にならないようにする」
という考え方に変わっています。
家族と暮らすことでやめたことと代わりにやってること
諦めたこと
- 家族全員の物を減らすこと
- 自分専用の部屋を持つこと
- 家の中を完全に生活感のない状態にすること
- 趣味の物を最小限まで減らすこと
- 家族に自分と同じ片付け方を求めること
代わりにやっていること
- 自分のデスクだけは整える
- 階段にマイ・スペースを作った
- ゲームやDVD等はリビングに集約
- ギターやウクレレは壁に吊るしインテリア化
- 不要な物は家族と話してから判断してきめる
- 新しく買う物は慎重に選ぶ
物を減らすだけがシンプルな暮らしではない
以前は、物が少ないこと自体に価値があると思っていました。
不要な物を手放して、必要な物だけを残す。
そうすれば掃除や片付けも楽になり、家の中もスッキリする。
もちろん、今でも物が少ないことにはメリットがあると思っています。
ただ、家族と暮らすようになってからは、「物が少ないこと」だけを優先する必要はないと考えるようになりました。
家族にとって必要な物まで減らしてしまえば、自分は快適になっても家族にとっては暮らしにくくなってしまいます。
今は「物を減らす」だけではなく、「物があっても邪魔にならないようにする」ことを意識しています。
ミニマリストを目指していた頃は、物が増えることに少し抵抗がありました。
でも今は、必要な物や好きな物まで無理に減らす必要はないと思っています。
「物がある=シンプルな暮らしではない」わけではありません。
大切なのは、持っている物を自分たちにとって使いやすい状態にしておくこと。
そう考えるようになったら、家族の物にいちいちストレスを感じることも減りました。
ミニマリストを諦めたというより、「物を減らすこと」から「家族みんなが暮らしやすいこと」へ、シンプルな暮らしの基準を変えたという感じです。